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大阪家庭裁判所 昭和48年(少ハ)3号 決定

少年 U・M(昭二八・六・一二生)

主文

少年を昭和四九年六月一一日まで京都医療少年院に継続して収容する。

理由

本件申請の趣意は、京都医療少年院長作成の収容継続申請書に記載のとおりであつて、その要旨は、少年は、昭和四八年六月一一日をもつて、満二〇年に達するものであるが、痴愚級精神薄弱であるのに加えて、結核性脳膜炎後遺症による右手、右肢の不全麻痺があり、今のところ自立生活の能力はない状況にある。保護者(実父)は、家庭の事情もあつて(実父自身病弱である上、生活が安定せず、生活能力も充分でない)、家庭に引取る意思なく、他の施設への収容を強くのぞんでいる。退院させるとすれば、家庭に引取り意思がない以上精神薄弱者施設に収容する外ないが、目下のところ、そのような施設で、直ちに受入れ可能なところは見当らず、収容余裕の出来るのを待つしかない。

以上のとおり、少年は心身の著しい故障がある状態で、しかも諸般の情況上、退院させるのは不適当であるといわざるを得ず、本件申請に及んだというのである。

そこで、京都医療少年院提出の診断書、大阪府精神薄弱者更生相談所の判定書、少年院長並に担当教官の意見、調査官の調査結果等を総合すると、

1、少年の知能(IQ五二)は極めて低く、痴愚級精神薄弱であり、結核性脳膜炎後遺症による右手、右肢の不全麻痺があるため、右手技は不能で、更に歩行障害も認められる。なお、当初は、けいれん発作(症候性てんかん)も認められたが、現在は投薬により阻止し得ている。

2、現在、院内での生活は、院内紀律に馴れ、集団生活の枠組の中での日常準則に順応しているため、特に問題行動は認められなくなつたが、枠がはずされたとき、現段階では、家庭に落着けないとすれば、恐らく放浪、徘徊等が発現するように思われる。

少年は、なお、気分の動揺激しく、時に爆発傾向が窺われる。

少年の現在までの院内生活の実態は、集団への適応性、自律性及び自覚の程度等の諸能力において、徐徐に改善、進歩の方向にあることが認められるが、それは今のところ院内生活の枠を前提としての或る程度の改善であつて、充分とは云えず、今にわかに社会に出され、無保護、放任状態におかれた場合、到底新しい環境に耐え得るだけの能力はないものと思われる。以上の如き、不適応の結果、少年の心身に招来するであろう危険性は極めて憂慮に価する。

後記家庭の事情もあり、家庭引取が不可能とすれば、今後、援産施設等で、その能力に応じた何らかの職業訓練をしつつ、性格矯正、生活適応能力の涵養をはかることが必要である。

3、実父(実母はすでに死亡)は開放性結核患者で、今なお、要治療の状態にあり、生活能力なく、その生活は不安定である。実父は、家庭では、つき切りで面倒を見たり、監護したりすることの実際上極めて困難なこと、少年の退院後の放浪、問題行動の発現(例えば、火を使用することによる失火、放火等)をおそれて、引取りに極めて消極的である。

しかし、今後は、実父自身保護能力がないとしても、その家族、親族の協力と理解を得て、引取りの準備に積極的態度で工夫と努力を重ねるよう指導する必要がある。

4、精神薄弱者のための更生施設は、その数が少く、目下の処、どこも定員一杯を抱え、収容の余地がない。目下、少年を受入れてくれる可能性の最も大きいと目される施設においてすら、年内収容は不可能の実状にある。

以上、少年の心身の著しい故障の実状、その院内生活での集団生活適応状況の現段階、少年の諸能力の今後の開発可能性、その他、少年をめぐる内外の諸条件に照らすと、今、直ちに、少年を退院させることは、少年の更生の上から、凡ゆる意味において、決して、適当な措置とはいえず、むしろ、なお相当期間、院内にとどめて、院内生活を継続させるのが妥当であると思われる。その間、少年の側にも、叙上の意味での社会生活に適応するための諸能力を涵養させる余地があり、又家庭においても、(さし当つては精薄施設収容を考えるとしても、)早晩、家庭に引取るべき第一次的責任あることを認識させ、その日に備えて、家族、親族の協力を得て、受入れへの積極的努力と工夫を、今から重ねるべきであり、今後の工夫と努力の如何によつては、右障害克服の可能性も絶無ではないと思われる。

叙上の次第で、許可すべき収容継続の期間を少年が満二〇年に達した日より一年目にあたる昭和四九年六月一一日までとし、少年院法一一条に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 西村哲夫)

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